今は亡き、大好きでたくさんお世話になった祖母が、認知症になりアットホームな施設に入っていた頃の話。娘たち(祖母からしたらひ孫)を連れ、当時愛知に住んでいた私は札幌帰省の際、施設を訪れた。
娘たちを見るなり「ゆかだね、ゆか。よく来たね」と嬉しそうに言った。私はすかさず「おばあちゃん違うよ!こっちがゆかだよ!これは、ゆかの娘。あなたのひ孫だよ!こっちがゆかだよ!」と私自身を指さして力説した。おばあちゃんは、「そうかぁ」と戸惑った顔をしていた。
その光景を時々思い出す。
あの時の私は、祖母の老いや認知症を受け入れることができていなかった。頭では分かっていたつもりだけど、祖母の認知を正そうと必死だった。
今になって思う。孫とひ孫を勘違いしようが名前を忘れようが、祖母の中に「ゆかという存在が身近にいた」色んなことが分からなくなっても、
夏休みに一緒にかき氷を作って食べたことも
庭になるトマトを一緒に採って食べたことも
好きだと言ったらコアラのマーチばかり買って来てくれたことも
その記憶の片鱗に、頭の中の記憶に、思い出や感覚として残っているということ。それだけでなんと幸せなことなのか
大好きな祖母が亡くなって数年。あの頃の自分の未熟さをやっと顧みることができた今日この頃。最近時々あの夏のことを思い出す。
20260801

