人間万事塞翁が馬(にんげんばんじ さいおうがうま)

想うこと


「人間万事塞翁が馬」



最近些細なことなんだけど、
ちょっとため息をついてしまうような、
「なんだかなぁ」と思うような出来事が立て続けに起こってた


だから今私が「気づがなければいけない何か」があるのかと、
アンテナを立ててたけれど
それらの出来事は「膿出し」の役目をしていたことがわかった。


ありがたいことに、
出来事が起こる前よりも気になってたことが改善し安心できる状況になったり、
改めて自分が向き合ってきたことが確かなものに変化し迷いがなくなったり、
今までの目立たない地味な取り組みが、
これからの自分を後押ししてくれているような
そんな感覚になる出来事が多方面で起こった。


何か不意な出来事が起こった時、
目の前の出来事に一喜一憂して右往左往する必要はなく
(そうは言ってもしちゃうけどね笑)
長い目で見たら良い方向に進んでるってザラにあるから、
どーんと構えて自分に安心していればいいんだな、と思った出来事だった。


そして、その出来事が起こった時に
どう向き合い
どんな行動を選択するか
この出来事で何を感じたかったのか
何を気づきたかったのか
謙虚に見つめる姿勢も大切だと思う。


何か起こった時に「反応」して反射的に返すことは簡単だ。
自分ごとにせず、自分以外の誰かに矛先を向け、牙を向けることも簡単だ。
その方が一瞬はスッキリするだろう。
でもそれだと暴力的だし、目に見えない何かがガタガタと崩れ落ち終わってしまう。
そしてそれは大概取り返しのつかないことになる。
(もちろんそれが必要な時もあるけどね)


だからこそ、そんな時でも一呼吸置けるように
人としての器を育んでいたいと深く思う。

『人間万事塞翁が馬』
 
一見、不運に思えたことが幸運につながったり、その逆だったりすることのたとえ。幸運か不運かは容易に判断しがたいということ。